サクラ材で、サクラ色(薄桃色)を染める
3月になって少しポカポカ陽気が続くようになると、早咲きの寒緋ザクラ(沖縄)や河津ザクラ(東伊豆)などの開花が話題となりますが、今回はそんなサクラの枝材を使って桜色のショールなどを染める“草木染め”の話題です。
ソメイヨシノの開花前の枝を切って煮出した液で薄手の白い絹布を染めると、春らしい薄桃色の“桜色”に染まります。ただし、その桜色は6ヶ月ほどの寿命で、次第に褐色を帯びてきますから、1シーズンだけ春らしい色を楽しむことができます。でも、ご安心ください。次のシーズンには同じ要領・手順でその布に“重ね染め”をすれば、また同じように春色を楽しむことが可能ですから。
染液の調製;
染料とする材料のソメイヨシノの枝は、必ず開花前の枝を切り、直ぐに皮を剥いて細かく裁断し、できるだけ低温(40℃以下)で通風・乾燥しておきます(写真①)。その材料250gをステンレス製の鍋あるいはホウロウ鍋に入れ、15㍑の軟水(井戸水または1~2日汲み置いてカルキ分を除いたもの)で20~30分間煮出した後(写真②)、布で濾したものが茶褐色の染液となります(写真③)。
発色剤の調製;
原則、アルミ発色です。台所にあるミョウバン(明礬)でも代用できますが、古来からの草木染めではツバキ科植物(ツバキ、サザンカ、サカキ、モッコクなど)の葉の灰を使います。大きなゴミ袋3~4個ほどの枯葉を集めるのは大変ですが、その手間を楽しむくらいの余裕が必要です。完全燃焼させたツバキ葉の灰30gを、コーヒー用の濾紙に入れて上から熱湯を注ぎ(写真④)、2㍑の灰汁をとります。その0.5㍑を、12㍑の水で薄めたものを発色液として準備します。
サクラ染めの工程:
① お湯に浸した染色物(絹布)をよく絞り、抽出した染液に入れます。
② 15~20分間、弱火で加温しながら鍋中でゆっくりと染色物を動かして染めますが、この時染色物の内部に気泡が入らないように注意すること。
③ 染色物を引き上げて軽く絞った後、水に浸けて余分な染料を洗い流します。
④ よく絞って発色液に浸けますが、この時も気泡が入らないよう染色物を完全に浸けることが肝心です(写真⑤)。
⑤ 発色は基本的に常温で行いますが、気温の低い場合は20℃くらいに加熱して用います。20分ほど発色させて、様子を見ます。
⑥ 再度よく絞った後、水に浸けて余分な発色剤を洗い流します。
⑦ よく絞った後、再び染液に入れ、10~30分で希望の色になれば引き上げて水洗後、水気を切って陰干ししたら出来上がりです(写真⑥)。
ただし、希望の色に至っていない場合は、④~⑥の工程を繰り返して色の濃度を上げますが、限界は4回位です。
生薬「櫻皮(オウヒ)」は、ヤマザクラ(Cerasus jamasakura)やオオヤマザクラ(C. sargentii)の樹皮を5~8月に剥いでその内皮のみを乾燥したものです。殺菌、消炎作用などを有し、急性胃カタルや食中毒などにも効果があります。江戸時代には魚の食中毒や皮膚病の治療、解熱や咳止めとしても広く使われていたようです。華岡青洲は、中国の医書『万病回春』に記された「荊防(ケイボウ)敗毒散」に櫻皮などを加えて「十味敗毒散」を創りました。急性の湿疹、化膿性の皮膚疾患、乳腺炎、中・外耳炎など熱を持って腫れ痛む時に用いられていました。現在、櫻皮エキスは鎮咳・去痰薬として多くの咳止めや痰切りのシロップ剤に配合されています。この生薬は日本の民間薬として見出されたもので、基原植物もすべて日本産という数少ない日本育ちの薬材ですが。古来、常に身につける衣服の染色にサクラの材・樹皮の煎出液を用いた先人の創意は、単にその色合いのみならず、この生薬が持つ皮膚炎予防の効果と無縁ではないように思われて興味深いですね。


(2010. 4.24.撮影)




(2010. 4.25.撮影)
左は鉄分の発色、右は木綿布