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桜湯と桜餅について

サクラは花として観賞するばかりでなく、西洋ミザクラの果実は“サクランボ”として、八重咲きサトザクラの花を“桜湯”に、オオシマザクラの葉を“桜餅”に、ヤマザクラの樹皮を“茶壺”などの装飾に利用するなど、日本人の生活に潤いと安らぎをもたらす貴重な存在となっています。

桜花の塩漬け(桜湯); 材料は、「関山」や「普賢象」などの八重咲きのサトザクラ(Cerasus lannesiana)を使いますが、今は神奈川県小田原市で95%が生産されているようです。すなわち、八分咲きの枝と花茎の付け根を爪でつまんで丁寧に摘み取り、花を壊さないように丁寧に洗って、水気をよく切った後、漬物容器などに入れて塩を振りかけ、ふんわりと混ぜ合わせます。その上からラップを掛けて重石を乗せ、一晩冷暗所に置きます。花から水が出るので、水気を搾って容器に戻し、別に用意した“梅酢”をかけた後、再びラップをして重石を2~3日置くと、酢の酸味で花弁が美しい赤色になります。その後、笊などの上にキッチンペーパーを敷き、花が重ならないように広げて、2~3日陰干しします(写真①)。干しあがったら、清潔な容器に陰干しした花を入れて保存用の塩をまぶして混ぜ合わせ、冷蔵庫で保存しましょう。

祝いの席で用いられる“桜湯”(茶は“濁す”ことにつながるので、桜茶とは言わない)は、湯飲みに桜花の塩漬けを入れて揉み解し、塩を軽く落とした後、熱湯を静かに注ぐだけで鮮やかな桜湯(写真②)となり、春らしい色合いとほのかな香りを楽しむことができます。

桜葉の塩漬け(桜餅の材料); オオシマザクラ(C. speciosa)の葉を塩漬けで貯蔵すると、醗酵してクマリンの良い香りが発生します。その葉で菓子を包み、食べながらその香りを楽しむのが“桜餅”です。

この種は伊豆地方の特産で、葉も花も大きく、全体的に白っぽいのが特徴です(写真③)。現在、西伊豆の松崎町を中心に90%が生産されていますが、その樹形は株元から高さ2~3mの放射状に叢生していて、花見をするような大株とは著しく異なっています(写真④)。まず、葉を手摘みで丁寧に採取し、虫食いや変色した葉を除き、また厚すぎず薄すぎないものを厳選して流水で洗い、50枚づつ束ねて萱(カヤ)の葉で縛った後、径3mほどの三十石杉樽に葉を隙間なく並べ、一段ごとに塩を振ります(写真⑤)。樽に一杯になったら木の蓋を被せて重石を載せ、水が上がってきたらさらに塩を加え飽和濃度で翌年の3月頃まで貯蔵します。1年以上も長期保管する場合は冷凍すれことで色落ちを防ぎます。使う時は1時間ほど水に浸けて塩抜きしたものを利用します。

ところで、関西と関東では桜餅の皮の材料とその形状が全く異なります。もともとの“桜餅”は江戸・向島にある長命寺の門番であった山本新六氏が考案したもので、餡を小麦粉で作った焼皮で包み、その上を醤油樽に漬け込まれた桜の葉3枚で包んだ“長命寺桜餅”として享保2年(1717)に売り出されて以来、江戸名物となって現在に至っているものです(写真⑥)。一方、京都・嵐山の“鶴屋寿”に代表される関西風は、粗く挽いた道明寺粉(道明寺糒(ホシイ)という糯米の干飯を臼で挽いたもの)で作った衣で餡を包み、その上を桜葉の前後を切り取り四角にして餅を上下から挟む形になっています(写真⑦)。そのような歴史的背景があって、今では静岡県掛川市の辺りが東西の分岐点となっているようですよ。

写真① 塩漬けした後の陰干し
(2010. 4.28.撮影)
写真② 慶事に利用される桜湯(ネット写真)
写真③ オオシマザクラの開花
(2009. 3.25.撮影)
写真④ 株元から枝を叢生したオオシマザクラ(1998. 7.17.撮影)
写真⑤ サクラ葉の樽詰め作業(ネット写真)
写真⑥ 江戸風の桜餅(2010. 4.06.撮影)
写真⑦ 関西風(京都)の桜餅
(2010. 4.01.撮影)