里山に春の訪れを告げるカタクリの花
春の日射しがポカポカし始めると、里山の草地ではタンポポ、ホトケノザ、オオイヌノフグリなどの花々が咲き出します。その中でもひときわ人目を集めるのがカタクリ(Erythronium japonicum)の花です(写真①)。本州中北部から北海道の山地で日当たりのよい落葉樹の下を好み、3~4月頃に茎を1本出して数枚の葉を広げ、淡紫色の愛らしい花をつけます。ふつう葉や花には紫紅色の斑紋があって(写真②)、花粉を運んでくれる昆虫類を呼び寄せる道しるべとなっているのですが、何故か越前地方にはその斑紋の全くない個体があちこちに自生しています(写真③、④)。越前の昆虫たちはどうやってカタクリに辿り着くのでしょうかね。
さらに、種子にはアリが好む脂肪酸を含んだ「エライオゾーム」という白い粒(付属体)があり、幼虫の餌として利用されています(写真⑤)。不要になった種子は巣の外へ捨てられ、次の年の春にはその場所で発芽します。分布拡大のスピードは年間5m程度と考えられています。ただし、本種の種子は熟して莢が乾くとかなりの距離(障害物が無ければ数メートル)を飛び散りますので、アリによる分散は本種の生育に適した明るい環境に種子が置かれることに意義があるように思います。
翌春に芽生えた種子からは径5ミリほどの小さな葉が出て、上を覆った落葉樹が展葉する頃までには地下深くにゴマ粒ほどの小球茎を形成し、夏を待たずに休眠してしまいます。このように球茎を更新してさっさと休眠に入る典型的な『春植物(ephemeral plant)』です。好適な環境下で順調に生育しても花芽を持つまでには10数年の歳月を要するようです。その間、球茎は次第に地中深くもぐり込む形で形成されます。球茎は毎年必ず更新されますので、葉が損傷したり環境条件が整わないと忽ちその肥大は“ジリ貧”となって、数年後には消滅してしまうことにも繋がります。庭や鉢植えなどで上手く育てられないのは本種がこのような習性を持つためです。
地下30㎝ほどの深さに円柱状の白い球茎があって(写真⑥)、「片栗澱粉」(写真⑦)はその地上部が枯死する前の5~6月頃、地下茎を掘りとって皮を除き、石臼などですりつぶして水を加え、木綿袋に入れて濾し、沈殿した澱粉を数回水洗した後乾燥して作ります。非常に良質の澱粉で、乾燥した地下茎の中に40~50%含まれています。非常に高価なため市場性はほとんどなくて、最高級な和菓子などで稀に用いられ、また丸薬や錠剤の賦形剤に利用されてきました。現在、一般に片栗粉として市販されているものはジャガイモまたはサツマイモから作られた澱粉です。なお、地下茎はそのまま煮て食べても美味しく、若葉も茹でて食べられます。