中川淳庵顕彰薬草園

中川淳庵顕彰薬草園 > お知らせ > “茶碗蒸しの銀杏が美味しくなる季節です”

“茶碗蒸しの銀杏が美味しくなる季節です”

朝晩の冷えが厳しくなると、イチョウ葉の黄色が日毎に鮮やかになってきます。全体が黄色くなる黄葉日は、気象庁の調査によると若狭地方は平均11月10日だったのですが、ここ10年は約1週間以上遅くなっているようです(写真①)。黄色く色づいたイチョウ並木は秋の訪れを告げるバロメーターとして多くの人達に親しまれ、詩歌に格好の題材とされてきました。「銀杏返」「銀杏髷」などの髪形、調理の「銀杏大根」、膳の足の形を表す「銀杏脚」などイチョウの名は日常生活の中に数多く残っています。

イチョウ樹は火災にあっても枯死を免れるほどのたくましさがあって、例えば京都西本願寺の御影堂前にある樹齢4百年の老大木は二度にわたる大火から寺を守ったことから”水噴きのイチョウ”と呼ばれています(写真②、③)。

国土交通省土木研究所の調査によると、2017年3月末現在の全国の道路緑化樹木670万本のうち、イチョウが54.7万本で全体の8.2%を占めて第一位です。次いでサクラ類(52万本、7.8%)、ケヤキ(46万本、6.9%)、ハナミズキ(36万本、5.4%)トウカエデ(31万本、4.7%)、クスノキ(26万本、3.9%)の順となっています。

樹齢を重ねた大樹は全国各地に存在し、青森県十和田湖町法量の善正寺跡のイチョウ(周囲12m、高さ27m)や岐阜県高山市の飛騨国分寺の大イチョウ(周囲10m)、宮崎県高千穂町下野八幡宮のイチョウ(周囲9m、高さ36m)など天然記念物に指定された巨木が30株以上あります。

葉が黄色になるのとほぼ同時に雌株から“銀杏の実”が落ちて、辺り一面に嫌な臭いが漂います。フェノール誘導体のギンコール酸やビロボールなどの臭いで、外側の果肉に触れると人によっては激しい皮膚炎を起こすので注意が必要です。ちなみに、私(渡辺)は極端な過敏症ですから絶対素手で触ることはできませんが、柔らかくなった外種皮を取り除いた後、クリーム色の殻を割って中の内乳と胚の部分を加熱して食べます(写真④)。これからの季節、茶碗蒸しには欠かせない食材ですね。また種実を炒って食べると美味しいのですが、古くから「年の数以上に食べてはいけない」とされています。それは数種類の有毒成分が含まれているからで、銀杏を大量に食べると、嘔吐した後に約3時間間隔で痙攣を起こし、やがて肺炎や呼吸困難から30%の人が絶命するにいたります。一般的に大人1日10個、子どもは5個までが目安とされています。皆さん、銀杏の食べ過ぎには注意しましょう。

ドイツでは葉に含まれるギンコライドという成分を取り出して痴呆症や脳虚血性疾患に用いています。その研究材料は当初日本の街路樹から集められ、その後製薬原料として新潟県佐渡、群馬県、福島県などから大量に輸出・供給されていることはあまり知られていませんが、血流をよくして血栓を防止したり、脳を活性化する働きに着目して、現在、アルツハイマー病や脳血管性の痴呆を対象にアメリカでの臨床試験が始められています。かつては田中角栄さんの脳疾患治療に使われた薬として当時話題となりました。一方、日本では医薬品として認められず、健康食品「イチョウ葉エキス」として逆輸入されて人気を博しているようです。ただし、葉には有毒なフェノール性物質が含有されていますので、葉の抽出物をそのまま服用すると、胃腸障害、頭痛、アレルギー性皮膚炎などを起こす恐れがあり、注意が必要です。

葉は古来よりシオリに用いると本のシミを防ぐとされています。ゲーテは「西東詩集」の中で、本種が西洋に導入された歴史と独特な葉の形に興味を引かれ、1本を自宅の庭に植えていたらしいです。「イチョウ」と題した詩に、押し葉を添えて恋しい人に送っています(写真➄)。『わが庭に東国の木のありて、その葉の形謎めきぬ。別れんとする一ひらか、結ばれてある二ひらか』、そこには西洋と東洋の関係を見出そうとしている姿が想定されます。

種子の発芽率は乾燥しなければ非常に高く、苗も丈夫ですが、10~15年目までの初期生育は極めて緩慢です。漢名の「公孫樹」は、公が祖父の尊称であり、祖父がこれを植えてもその実を食べるのは孫の代になることを表し、結実までに長い年月を要することに由来してします。ちなみに、元禄3年(1690)オランダ商館付きの医師として長崎出島に2年間滞在したケンペル(1651~1716)がヨーロッパに持ち帰った種子は、雄が60年後、雌が100年後に初めて花をつけたと記録されています。もともと長生きする樹種なんですね。

本種の雌雄性は、人の遺伝様式と似てXX(雌)とXY(雄)型の性染色体があり、実生のうち半数は雌、半数は雄となるため、幼木時代に雌雄を鑑別する必要があります。例えば、殻の稜が2本なら雄、3本なら雌とするもの、枝が立性のものが雄、苗の幹が太くて横枝が多く、欠刻の少ないものが雌とするなどの諸説があります。近年では過塩素酸カリウム水溶液に枝を挿した場合の萎凋の速さやアイソザイム分析などを利用した鑑別が試みられています。立教大の織田秀実さんは雌雄によって新芽の伸び方に差があることを指摘しています。すなわち、4月の初めにソメイヨシノが開花する頃、雄株の梢の芽はほころび始め、小さな新葉を広げて木全体が萌黄色になるのに対して、雌株の新葉はまだ現れず、サクラの花が散った頃にようやく新葉が伸びてくるので、雄株と比べて1週間ほどのズレがあるそうです。いずれも“信じる者こそ救われん !!”

写真①
青蓮寺(美浜町佐柿)の大イチョウ
写真②
京都西本願寺の水吹きイチョウ
写真③
京都西本願寺の水吹きイチョウ
写真④
炒って食べる銀杏は10個まで
写真⑤
ゲーテが贈ったイチョウの押し葉