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日本のヒガンバナは三倍体でタネができない

秋の彼岸になると日本各地の路傍や土手などで真っ赤なヒガンバナ(Lycoris radiata)が咲き出し(写真①)、イネ刈り後の田んぼの畔みちでは特に目立って“里山の風物詩”ともなっています。地球温暖化で天候不順が続く昨今ですが、この花だけは開花時期がほとんど変化しません。一般的な植物では気温の変化あるいは日長のどちらかによって開花時期が規定されるのですが、このヒガンバナはその両方の条件が作用しますので、せいぜい1週間のズレしか生じないのです。地下にある鱗茎が毎日の気温の変化を計算して花茎を出す時期を的確に決めているのですが、ラッキョウを大きくしたような鱗茎を切ってもそんなコンピュータ並の仕掛けは見つかりません。まず地下にある鱗茎から花茎だけを伸ばして開花し、花が終わって10日もすると球根の下に白い根を伸ばしながら一斉に緑の葉を茂らせます。

花の後、タネを稔らせることはありません。日本に野生するものはすべて三倍体(2n=33)のため種子ができないのです。増殖は専ら鱗茎の分球によるものです。しかし、中国に分布するもの(var. pumila)は二倍体(2n=22)でよく結実します(径5㎜ほどの黒色球状)。もともと中国から渡来したのに、どの時点で何故に変化したのか『植物界の七不思議』の一つとされていましたが、最近の調査で揚子江流域には両者が隔離的に混在していることが判ってきました。古い時代に偶々三倍体だけが渡来し、生活に根ざした形で全国に繁茂したものらしいのです。例えば、他の球根植物に比べて葉の量が多く、かつてはその葉を荷造り用のクッション材としても利用したようです。また鱗茎には有毒アルカロイド成分のリコリンが含まれていますが、砕いてよく水に晒すとデンプンとして食べられますから、日本への渡来は“救荒作物”として僧侶運搬説が定説となっています。さらに、田の畔や土手に多いのは、野ネズミが穴を開けないよう毒性のある球根で防いだからと思われます。

生薬名を「石蒜(セキサン)」と称し、鱗茎を去痰、催吐、鎮痛、降圧などに用います。民間療法では、浮腫や肩凝りに鱗茎1個をすり潰し、足裏の土踏まずに塗り油紙で覆って寝るという療法が知られています。成分としては毒性の強いものが数多く含まれますが、そのうちの一つの成分(ガランタミン製剤)が2011年3月にアルツハイマー型の認知症治療薬として販売が開始されました。

本種の地方名(里名)は1000程度あると言われています。仏教に関連してマンジュシャゲ、テンガイバナ、ホトケバナなど。死者を連想するソウシキバナ、シビトバナ(西日本)、ユウレイバナ(上総)、ジゴクバナなど。動物的なものにはキツネバナ、キツネノカンザシ、ヘビバナなど。味覚・毒性からシタマガリ(近江)、シタコジケ(大和)、シビレバナ(西播磨)、テクサリバナ(能登)、ハヌケグサ(豊後)など。植物特性からオミコシ、イカリバナ、オリバナ、ステゴバナ(筑前)、ショウジョウバナ(陸前)などがあります。このように日本ではとかくお墓と結びつく印象から“不吉な花”として毛嫌いされることも多く、家に持ち帰ると“火事になる”などと言い伝えられていますが、これは“有毒な汁液が子供たちの手に触れないよう”戒めたものと考えられます。園芸観賞の視点から見ると花形や花色が意外とエキゾチックで欧米ではむしろ好評で、かつては輸出球根の上位を占めていたのですよ。

ヒガンバナの展示規模で日本一を標榜しているのは、巾着田(キンチャクダ)曼殊沙華公園です(図 ①)。埼玉県日高市高麗本郷125-2(TEL:042-982-0268)にあります。面積22haに500万本の赤い花が絨毯のように咲き乱れる景観は実に壮観で(写真②)、大学時代の友人が毎年のように写真を届けてくれます(写真③)。また三倍体でタネが稔らないために花色の変化はほとんどないのですが、中には除草剤の影響などで染色体異常が生じるようで、比叡山坂本でも桃色花などが稀に見つかります(写真④)。九州では同じような花形の白花種や黄花種などが分布しています。


写真①
比叡山坂本のヒガンバナ
(2023.10.01.撮影)
図①
巾着田曼殊沙華公園の案内パンフ
写真②
巾着田曼殊沙華公園の開花景観
写真③
友人から届いたヒガンバナの開花
(2023.9.19.撮影)
写真④
比叡山坂本で見つけた桃色花
(2023.10.02.撮影)