“農耕民族はヤマフジの左巻きを神聖化の対象とした”
今頃、若狭の山裾ではあちこちでフジの花が見頃を迎えている想定でかかる文章を準備しましたが、その花も散って小さな莢果実が膨らみ始めています。
フジ(Wisteria floribunda)は北海道を除く各地に分布する落葉のつる性木本植物です。別名の「ノダフジ」は、摂津国野田(現在の大阪市西成区付近)の藤之宮にフジの名所があったことに由来しています。つるは上から見て時計回り(右巻き)に他物に巻きついて伸びます。葉は奇数羽状複葉で互生し、小葉が11~19枚で他種より多いのが特徴です。花序は長さ20~90cmになって下垂するので観賞用に多く栽培されています。4~6月頃、花序の基部から先端に向かって咲いていきます。花は通常紫色ですが、白色もあります。埼玉県春日部市牛島の藤花園にある「野田長藤」は、樹齢1200年以上で別名「六尺藤」とも呼ばれ、唯一国の特別天然記念物に指定されています。かつて小浜の釣姫神社にも天然記念物の大株がありましたが、昭和28年(1953)の台風によって社殿とともに倒壊して枯れてしまったようです。現在、福井県内で最大級のフジは、越前市の紫式部公園にある200mのトンネルで、4月末頃に見頃を迎えて“くぐり抜け”が楽しめます。
『万葉集』には27首が見られます。風に揺れる長い花房を「藤波」という語で表すことが多く、またつる皮から採った繊維で庶民の衣服が織られましたが、その「藤衣」を海女の着る粗末な衣服として詠みました。平安時代には服喪の時だけ藤衣を着用したとされています。平城京の飛香舎(ヒギョウシャ)の庭にもフジが植えられていたようで、その主・中宮の藤原彰子に仕えた紫式部は『源氏物語』を記し、その中に光源氏の理想の女性として“藤壺”を登場させています。
下垂する花が稲穂を連想させ、豊作を予兆させることから、古来よりフジの花は自然暦として農作業や漁期の目安に使われてきました。特に、近畿から中国、四国地方においては、農作業を始める卯月8日には“天道花”という風習が知られています。ツツジやヤマブキとともにフジの花を長い竹竿の先につけて軒先に掲げるもので、花は山から豊作の神を招く依代(ヨリシロ)だったようです。
一方、ヤマフジ(W. brachybotrys)は本州の兵庫県以西から九州に分布しています。つるが左巻きに伸びるのが最大の特徴で、花序はフジより短くてほぼ一斉に開花する傾向があります。
古くから「不死」の木として神聖視され、特に挿頭(カザシ)の花材として珍重されました。それぞれの花が大きく鮮やかで長持ちするし、秋に返り咲いたものは殊に喜ばれます。それに対して(ノダ)フジは、花房は長いものの花柄が脆く、寿命が短くて見苦しくなりやすいのです。ただし、神聖視される所以はむしろ“茎が左巻きである”点が重要です。何故なら、左の語源は「陽(ヒ)足りる」で、陽が照り満ちるところが農耕民族にとっては最も大切で、神聖化の対象とするべきことだったのです(江坂輝弥氏の『万有百科大事典』参照)。そのため、左はいつしか「陽当たる命の根本」と見なされるようになったものらしい。因みに、『日本書紀』には皇祖神でもある天照大神の隠れた天岩戸に張られた縄が左巻きであったと記述されており、注連縄(シメナワ)の左巻き起源は古い歴史を持っていることが解ります。日本の国技である相撲の世界でも、“横綱”は左巻きであることが伝承されています。さらに、人の生命の根源である遺伝子(DNA)が、左巻きであることは案外知られていませんよね。

広島・和気フジ園
(2002.5.5.撮影)

福知山市“才の神のフジ”
(2009.5.5.撮影)

宇治の平等院
(2011.5.6.撮影)

草津市の三大神社“砂擦りのフジ”
(2016.5.1.撮影)

奈良・万葉植物園の白野田フジ
(2026.4.25.撮影)

