300以上の呼び名があるカラスビシャク
小さなヘビが釜首を上げた様な奇妙な形の花(サトイモ科特有の仏炎苞(ブツエンホウ)という)を咲かせるカラスビシャク(Pinellia ternata)は、庭や畑の極めて厄介な雑草です(写真①)。何しろ繁殖力がすさまじいのです。地下深くにある球茎から数本の葉を伸ばすのですが、その途中に木子(むかご)を着け(写真②)、また3つの小葉の基部にもごく小さな珠芽(シュガ)ができます。それだけでも10数個になりますよね。大きな球茎には数本の花を咲かせ、それぞれにおよそ10~20個ほどのタネを稔らせて(写真③)、土壌条件が良ければその半数が秋までに発芽します。つまり、1個の球茎からほぼ1年後には大小50~80個に殖えるのです。加えて、耕うん機などで細断された球茎は腐ることなく、小さな破片でも不定芽を形成して蘇ってしまいます。雑草を退治したい人間あるいは農器具の特性を逆手に取った巧みなやり方で、着々と分布域を広げることに成功し、今では北海道から沖縄まで日本全国どこでも見つけることができます。本種の繁殖は、種子によるよりむしろ球茎、木子および珠芽による栄養繁殖が主体のようで、このように増殖手段を多く持つ植物は他に余り例がありません。
本種は人の目に触れることが多いので、当然のことながら、地方名も数多く、宇都宮貞子女史はその著書『夏の草木』(新潮文庫)の中で本種の地域語を取り上げています。新潟県上越市から西頚城郡にかけての「ヘービッチョ」には「ヘビが舌を出したような花だけぇねぇ」という言葉が添えられています。「カラスノテッポウ」について、長野県上水内(カミミノチ)郡牟礼村では「コンニャクの仲間。この玉(球茎)は毒だこて、食べれば舌が縮むせう」、また飛騨高山では「春草だで夏は枯れるに。畑仕事をしててやだくなると、この茎についている玉を爪で抜いて飛ばしたもんだに。そうやって飛ばすで、烏鉄砲せうだらずか」という解釈もあるようです。新潟県東頚城郡の松之山町では「カナキチョノダイハチ」と呼ぶとか。カナキチョとは雄トカゲのことで、マムシグサ類を「ヘビノダイハチ」と呼ぶのに対比しています。ダイハチは、葬儀に赴くオッサマ(和尚)に後ろから小僧がさしかける赤い傘のことで、仏炎苞の先が折れて傘のようにさしかけた形を指すのだろうと注釈をつけています。さらに、宝光社という部落では「ヘボッツオ」とか「ハンゲグサ」などと呼ばれ、「ハンゲン(半夏)になりゃ枯れるせうが、枯れるのもあり枯れねえのもある。枯れんね方がたんとだ。年寄りが『玉で殖えるんで鍬でおっつぶせ』せうで、潰してもみたが、潰せばそれだけのう(猶)殖える」という話を聞き及んでいます。このように語尾や中身のはっきりしないところもあるのですが、本種の特徴が何となく浮かんでくるでしょう。ちなみに、若狭地方では「半夏生(ハゲッショ)」と呼ぶそうですが、「半夏(ハンゲ)=旧暦の7月初旬に繁る草」というより医療事情に精通していた小浜藩ではその頃に「半夏という大事な薬品になる(を生む)草」と認識していたのではないでしょうか ??
漢方では本種の球茎を夏に掘り取り、その外皮を除いて乾燥したものを「半夏(ハンゲ)」と称します(写真④)。その主な薬効は去痰、鎮吐作用で、「生姜」とともに用いられる場合が多く、昔から妊婦のツワリ止めなどに利用・重宝されてきました。
標準和名は、仏炎苞の形を柄杓に見立て、その色が暗紫色を呈することで“烏の色”となったようです。しかし、本種の球茎はカラスの大好物であるらしく、地上部のない時期でも漁りにくるので、案外昔の人はそのような光景をよく観察して名付けたのかもしれませんよ。それとも “つわり”の酷いカラスだけが漁るのかなぁーー?? 薬草園に植えられたものは花縁だけがやや紫黒色を帯びる個体群ですが、花全体が黒いものや緑一色のものなどさまざまな変異が確認されています。
花の色だけでなく、全国各地から収集した個体には特に球茎の休眠に関して興味深い知見が得られています。すなわち、地上部が開花・結実する頃、地下では新しい球茎が形成され、それが充実すると休眠します。したがって、8月以降に展葉しているものはすべて珠芽から萌芽したものですが、それらも10月頃には地上部が枯死して球茎はすべて休眠します。球茎の休眠は10℃以下の低温に一定期間遭遇することによって覚醒しますが、その現象や程度は北方産ほど顕著です。例えば、北海道産の個体(写真⑤)は休眠・覚醒のパターンが極めて明確であるのに対して、沖縄産のそれはパターンがやや曖昧で真夏にも地上部の枯死しないものが見られ、京都産の個体はそれら両者のちょうど中間的な性質を示します。昨今の地球温暖化に対して、本種はどのような変化・対応を見せるのでしょうかね ??


るのが「木子」で、もう1個はその下に白い葉柄の中ほど、丸いダイズ粒のようなものが「むか
ご」です。「木子」や「むかご」と言ってもその差は曖昧で、いずれも”子いも”です。)


